渋沢栄一

2022年10月10日

こんにちはあさみです。

 

【深谷市渋沢栄一のご紹介】

 

「渋沢栄一は大きな会社をたくさん作った人」と知ってはいても、「具体的なことは曖昧だ」という人は少なくありません。そこで、渋沢栄一の生涯にわたる輝かしい功績について解説します。大河ドラマの放映や新1万円札が発行される前に、いち早く知識を付けておきましょう。

渋沢栄一とはどんな人?

渋沢栄一は、開国から昭和初期までの激動の時代において、日本経済の基礎を築いた人物です。まずは、どのような家に生まれ、子ども時代・青春時代をどう過ごしたのか見ていきましょう。

1840年農商家に生まれる

渋沢栄一は、1840年に今の「埼玉県深谷市」で誕生しました。上に2人の兄がいましたが、両方とも早くに亡くなったため、三男である栄一が長男として育てられたのです。

家は豊かな農商家で、畑作のほかに養蚕(ようさん)や製藍といった商いも営んでいました。栄一は幼い頃から家業を手伝っていたため、仕入れや販売を通して経済感覚が磨かれていったのでしょう。

桜と深谷駅

 

 

渋沢栄一は、銀行だけではなく、さまざまな業種の会社を設立しました。その数は「500社以上」であり、多くが今の日本経済を支える大企業として君臨しているのです。創設に関わった企業の多くが成功

 

現行の日本銀行券が発行されるのは2023年までで、2024年以降は新しい肖像が印刷される予定になっています。

1万円札:福沢諭吉→渋沢栄一

5000円札:樋口一葉→津田梅子

1000円札:野口英世→北里柴三郎

表面だけではなく、裏面の図柄や額面数字の大きさも一新される予定です。偽造防止や識別性を向上させる目的で新たにホログラムも追加されるため、今のお札より少し華やかになるかもしれません。